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旭川地方裁判所 昭和22年(甲)312号 判決

上告人

檢事

被上告人

堀末治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は國の負担とする。

請求の趣旨

原告は昭和二十二年四月二十日施行せられた参議院議員選挙における被告の当選は無効とするとの判決を求めた。

事実

被告は昭和二十二年四月二十日施行せられた参議院議員選挙に際し、同年三月二十日北海道地区より立候補し、被告人石家覚治を総括主宰者として選挙蓮動をなした上当選した、然し被告は公訴被告人石家覚治に対する監督を怠つたため、石家覚治は、

一、高野賢次と共謀の上

(イ)  同年三月下旬及び四月二日頃の二回にわたり旭川市南二條通二十丁目合同酒精株式会社及び札幌市南三條東三丁目西尾工業株式会社に於て右候補の選挙蓮動者熊川貞雄より現金計五十万円及び額面六万円の送金小切手一通を、

(ロ)  同年四月十日頃右合同酒精株式会社に於て同候補の選挙蓮動者小林孝平より額面七万円の送金小切手一通を、夫々同人等が前記候補に当選を得しめる目的で選挙蓮動の報酬買收饗應等の資金として交付する趣旨を諒承の上之が交付を受け、

二、右候補に当選を得しめる目的で

(イ)  前記高野賢次等と共謀の上同年三月下旬より四月上旬までの間約十回にわたり旭川市一條通六丁目の同候補選挙事務所に於てその会計主任たる選挙蓮動者山上健吉に対し選挙蓮動の報酬買收饗應等の資金として合計約五十三万円を交付し、

(ロ)  同年四月中旬北見市の市川旅館に於て同候補選挙蓮動者入江壽雄に対しその運動報酬並びに買收饗應等の資金として二万円を供與し、

三、右候補のため選挙蓮動をなしたことの報酬として

(イ)  同年四月二十四日旭川市四條通八丁目北海ホテルに於て大西功に対し一万円を、

(ロ)  同月二十五日頃同市九條通十二丁目旭川木材工業株式会社に於て沢勇吉に対し二万円を、

(ハ)  右沢勇吉と共謀の上同月同日同市常盤町商工奬励館に於て平通尊に対し一万円を、

(ニ)  同月二十八日頃同市宮下通十四丁目旭川木材工業株式会社宮下工場に於て管野武雄に対し千円を、

(ホ)  同月三十日頃同市五條通六丁目慶誠寺に於て佐々木明に対し二千円を、

夫々供與したものである。

以上の通りであるから、参議院議員選挙法第八十七條衆議院議員選挙法第百三十六條により、被告堀末治の当選は無効であるから右選挙の総括主宰者である被告人石家覚治に対する公訴に附帶して本件請求をする。

立証として被告人石家覚治に対する本件公訴記録及び被告人高野賢次、同河井太一郞、同山上健吉、同岩本格一、同沢勇吉、同入江壽雄、同菅野武雄、同大西功、同佐々木明、同平通尊、同鈴木喜一郞に対する参議院議員選挙罰則違反被告事件の公訴記録全部を援用した。

被告訴訟代理人等は主文同旨の判決を求め、次の通り答弁した。

原告が主張する事実中、被告が原告主張の選挙に当選したことは認めるが、公訴被告人石家覚治が原告の主張する行爲をなしたとのことは知らぬ、同人が被告の選挙蓮動の総括主宰者であるとのことは否認する。総括主宰者とは精神的及び地域的に全選挙を支配するものでなければならないが、石家覚治が関與したものは選挙事務につき滝川を境として南北に分け、北部の事務を分担した旭川の選挙事務所が担当したものの内の一小部分に過ぎない。假に同人が事実上の総括主宰者であるとしても、同選挙に於ては文書による運動が極度に制限されたので被告は立候補届出後選挙当日までの三十日の短期間内に北海道全部にわたり演説をして歩かねばならなかつたので、総括主宰者として選挙委員長信田重を当て、同人に総てを委せていたのであつて、石家覚治が事実上の総括主宰者であることを知らなかつた、この不知は被告の当選を無効ならしめない。仮にそうでないとしても被告は相当の注意を以て同人を監督していたから、同人の行爲は被告の当選に影響を及ぼさない。

立証として証人梅田太壯、野口直吉、小寺正治、石家覚治の証言を援用した。

理由

被告が昭和二十二年四月二十日に施行せられた参議院議員選挙に際し、同年三月二十日北海道地区より立候補して選挙運動をした結果当選したこと及び公訴被告人石家覚治が被告のため各種の選挙運動をしたことは、は檢事の右石家覚治に対する昭和二十二年六月十七日附聽取書中の同人の供述記載及び昭和二十三年二月二日附公判調書中の同人の供述記載により明らかである。

よつて同人が被告の選挙運動の総括主宰者であつたか否かにつき判断する。

選挙運動の総括主宰者とは、その候補者のための選挙運動の中心となつて、その運動を全面的に支配する実権を持つているものである。もつともその支配権が選挙運動の行われた全期間にわたつて継続することは必要ではないが、或る期間継続してその支配権が行われ、しかもその支配権はその候補者のための選挙運動が行われた地域の全地区にわたらなければ総括主宰者とはいわれない。

いま公訴被告人石家覚治の行動を観察すると、同人及び高野賢次、河井太一郞、山上健吉、岩本格一、沢勇吉、入江壽雄に対する各公訴記録によれば、

一、被告は前記選挙に昭和二十二年三月二十日北海道地区から無所属で立候補し、同月末自由党推せんとなつたが、右選挙に関し公訴被告人石家覚治、沢勇吉、岩本格一、大西功、信田重等はしばしば会合した結果旭川に選挙事務所本部を置き、信田重を選挙委員長、沢勇吉を副委員長、山上健吉を支出責任者、岩本格一、野口直吉を事務担当責任者右石家覚治、沢勇吉及び大西功等が高野賢次を相談役とし、全選挙運動を指揮することとして運動に乘出したこと、

二、選挙事務所を沢勇吉が專務取締役である旭川市一條通六丁目旭川木材工業株式会社内の旭川地方林産組合内に設置し、且つ同人が自由党旭川支部長である関係から、初めのうちは同人が石家覚治等と共に熱心に運動を指揮していたが、当時各種の選挙が同時に行われたため漸次本選挙運動の中心から離れるに至つたこと、

三、石家覚治は被告が社長である合同酒精株式会社の專務取締役である関係上終始熱心に選挙運動に從事し、殊に運動資金の調達に苦心し、運動に消費された殆んど全部の金銭は同人によつて賄れ、又沢勇吉が他の選挙運動に繁忙を極めるようになつた後は一時運動の中心に立つていたこと、

四、旭川選挙事務所本部によつて行われた選挙運動は空知郡滝川町帶廣市、釧路市を連ねる鉄道沿線附近及びそれ以北に限られていて、同事務所はそれ以南に於ては全く選挙運動を行つていないこと、

五、被告のための選挙運動に関しては旭川選挙事務所の外に札幌、小樽及び函館の各選挙事務所が設けられ、札幌では熊川貞雄小樽では茶谷豊彦等が中心となつて、旭川選挙事務所関係者が運動をしなかつた地域の選挙運動に從事したこと、

六、然しながら右札幌、小樽等の選挙事務所で運動に從事した者と旭川選挙事務所で運動に從事した者との間に於ては、選挙運動の方針や方法等に関して互に少しの連絡もなく、各個別々に行動したこと、

等が認められる。

從つて公訴被告人石家覚治が一時旭川選挙事務所本部に於ける選擧運動の中心となつたことは前認定の通りであるけれども、同事務所を中心とする運動と札幌、小樽等の選擧事務所を中心とする運動とは全くその地域を異にし、且つそれぞれは互に関係なく独立して行われたこと右の通りであるから、同人は札幌、小樽等の選挙事務所が中心となつて選挙運動を行つた地域をも含めた全選挙区の運動を支配したことはなかつたといわねばならない。しかも旭川選挙事務所が中心となつて選挙運動を行つた地域の人口は全選挙区の人口の約半数を占めるに過ぎないことは当裁判所に顯著な事実である。

以上の通りであるからその余の爭点につき判断するまでもなく、公訴被告人石家覚治は被告のための選挙運動の総括主宰者でないことは明らかであつて、從つて同被告人が右総括主宰者であることを前提とする原告の請求は失当として之を棄却する。

よつて私訴訴訟費用の負担に付き旧刑事訴訟法第五百七十二條民事訴訟法第八十九條により主文のとおり判決する。

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